Biotope Journal 世界の人とふつうのくらしをつなぐ旅

Top > 人とくらし > 広州 彼女は何にとらわれたのか

広州 彼女は何にとらわれたのか

Maizi in Guangzhou, China

image

English

コウシュウ便所問題 

「広いほうのコウシュウ」。中国を旅する日本人がこう表現するのが、中国の広州市だ。北京や上海には及ばないが、それでもよく知られた地名。飲茶などの広東料理発祥の地であり、「食在広州(食は広州にあり)」とうたわれる。ちなみに「クイのほうのコウシュウ」である杭州は上海からわりと近くにある都市だ。世界遺産・西湖などを擁し、観光都市として知られる。 

上海と北京に続く中国第3の都市名を、自信をもってすぐに答えられる日本人はそう多くないかもしれない。実は(特別行政区の香港を別にすれば)この広州がそれにあたるのだ。南向きに海に面し、一年を通じて温暖な気候が続く街。林立する高層ビルを望みながらも、庶民の暮らす町並みは賑やかに雑多だ。かすかに南国めいて、どこかしらのんびりとした雰囲気も、北京や上海のそれとはひと味違う。 

歴史を紐解けば、世界に開かれた港を持つこの都市には、唐代の昔から多くの異民族を受け入れてきた、国際都市としての側面を見つけることができる。そのためか、「中国っぽさ」と「中国っぽくなさ」がゆるやかに混ざり合っているような空気が醸し出されている。話される主な言語も広東語で、これは中国語の方言という側面を持ちながら、方言と位置付けるには無理があるほどに独立した言語でもある。 

image 

〈異なるものを受け入れる〉大らかさの裏側に、〈異なっていることに誇りをもって立ち上がる〉ような強靭さが、たぶん、この街にはあるのではないだろうか。2010年には「広東語を守ろう」という大規模な集会が行われた。広州市の「広東語チャンネル」のテレビ放送が停止される(標準語に改められる)動きに対して反発したものだ。近年、広州っ子であるにもかかわらず標準語しか話せない子どもが増えていることについても、人びとは危機感を抱いているという。そういえば、「一つの中国」というスローガンもあったけれど。 

人びとが抱きがちな「典型的な中国のイメージ」とはかなり異なる面も持つこの街。訪れるべき独特な史跡も多くあるのだが、それにもかかわらずこの街で我々がもっとも注目したのは、あるいはせざるを得なかったのは、何の変哲もない、とある公衆便所だ。広州の公衆便所。冗談みたいな話だが全く笑い事ではない。ここは、2012年に「男子トイレ占拠」という出来事が起きた現場なのだ。珍妙な事件のようにも聞こえるが、これはある切実な訴えかけのために起こされた運動だった。いったい誰が、何のために? 

image

「騒動挑発」の謎

2015年3月6日から翌未明にかけて、中国各地で相次いで5人の女性が公安当局に拘束された。容疑は「騒動挑発」。耳慣れない用語だ。しかし実際、中国では実にしばしばこの「騒動挑発」で拘束される人が出てくる。たとえば、ある人権派弁護士がある種の意見を「微博」(中国版のtwitter。中国では基本的に本家twitterにはアクセスできない)に書き込んだとか、あるウイグル族の男性(イスラム教徒)が「ひげを伸ばした」ということが「騒動挑発」とされた例がある。しかし、いったい具体的にどのような騒動が引き起こされた、または引き起こされかけたのかということはよくわからない。どちらかといえば、そのような拘束に対して他国から非難の声があがり騒動が巻き起こる、というケースのほうが散見される。 

さて、今回拘束された5人の女性が「挑発した」とされた「騒動」は以下のごとくだ。彼女たちはかねてからよく知られていた人権活動家で、3月8日の国際女性デー(IWD)に合わせてある活動を計画していた。それは「セクハラ防止」の啓発運動。公共交通機関内でセクハラ防止を訴えるステッカーやフライヤーを頒布しよう、というものだ。なるほど、たいした重罪だ。つまり中国公安当局は、ある種の人びとの「セクハラする権利」を、これら活動家たちから守ったというわけである。

image 

この5人の活動家の中に、李麦子という女性がいた。彼女が活動家としてよく知られるようになったきっかけのひとつが、先の広州における「男子トイレ占拠」だ。このキャンペーンは女子大学生たちによって繰り広げられたのだが、そのリーダーが西安の大学生だった李麦子であったのだ。  

彼女たちの主張はこうだ。このあたりは人通りの多さの割に極端に公衆便所が少なく、限られた公衆便所に人が集中する。しかし女性用のトイレが少ないため――絶対数が少ないというより、男性に比べて女性はどうしても用便に時間が多くかかることが考慮されていないため――女子トイレの前にはいつも長蛇の列ができることとなる。一方男性側はいつもガラガラだ。このアンフェアな状況は、なにもここだけではなく、中国じゅうで起こっている。しかし公的なことがらを決定する権力者は男性ばかりであるため、なかなかこの問題の切実を理解してもらえない。だから実際に行動を起こし、訴える必要がある。 

これほど多くの人が共感できる、日常的な問題もそうあるまい。「トイレに行きたいときにトイレがない、またはトイレが満員であるのは辛いことですよね」と聞かれて「イエス」と答えない人などいるだろうか。文明のもとにある人類の永遠のテーマといってもよい。日本でも、観光地やイベント会場で、女性トイレだけが大混雑をきたしている状況はよくある。誰にとっても、他人事ではない問題なのだ。 

image

でもこれは、あまりに生々しすぎるために、ちょっと大声で問題提起するのははばかられる話だ。それを李麦子たちはやってのけた。それも、ひとかけらも暴力的なやり方ではなかった。いぶかしげな顔でやってくる男性利用者には、丁寧に事情を説明し、並んでいる女性に優先的にトイレを使わせてもらえるように頼んだだけだ。 

この運動はあっという間に広い中国じゅうに広がり、ついには各地の自治体を動かす。運動のあとわずか数年のうちに、各地で公衆便所改善のための施策がなされた。李麦子たちの活動は一定の実を結んだ。同時に、彼女がマークされることとなってしまった、のかもしれない。 

image 

闘士の素顔は

街じゅうに広く張り巡らされた地下鉄を乗り継ぎ、中心部からは距離のある「ちょっと郊外」のあたりで地上に出る。いかに特色のある都市でも、現在の「中国の大都市のちょっと郊外」の景観や雰囲気は、救い難くのっぺりと一様なところがある。成都のトトさん(リンク)が住んでいたところをやや思い起こさせる景色。太い道路がズバッ、高層マンションがいくつもグサッ、あちらこちらが工事中。そんな場所だ。 

例によってぐるぐると迷いながらも、なんとか教わった住所の建物にたどり着く。ふつうのマンション。ふつうの一室。全く目立たないところにあるのが、李麦子たちのNGOのオフィスだ。迎えてくれた彼女は、「女性闘士」という(こちらの勝手な)イメージからはほど遠い、穏やかで友好的な笑顔だ。 

image

オフィスの中のほとんどは、大学の(文系の)研究室みたいに現実的だ。殺風景といってもいい。シンプルなデスクや椅子、そして本棚にはめいっぱいの書籍。仕事のための機器のほかに、炊飯器まである。こちらもこちらで現実的。そんななかで、水槽の金魚や窓際に並んだ植物が、なんだかいじらしく見える。 

本棚の書籍を眺めると、もちろんずらりと並ぶのはフェミニズム関連のものばかり。さて、ここで初めて「フェミニズム」という言葉を使ったのだが、これはなかなか難しい。そもそものところから話をするわけにはいかないのだが、フェミニズムだのフェミニストという(日本語として使われる場合の)言葉には、どうも余計な先入観がこびりついてしまっている気がするからだ。だから、李麦子はどういう人かといえば「フェミニスト活動家」で大筋間違いはないはずなのだが、そのように表現することが、漠然とためらわれてしまうのだ。 

image

ともかく、李麦子の話をしよう。彼女は北京郊外、田舎といってもいい地に生まれた。決して裕福ではなく、家庭にはいくつかの深刻な問題があった。父親の仕事は芳しく運んでいたとはいえない。両親の関係は、あるいは父親と彼女の関係は決して良いものではなく、そこには暴力もあった。 

もちろん、きょうだいはいない。家庭の中で、彼女はふたりの人物を見ながら育つことになる。さまざまなことに耐え忍びながら彼女を育ててくれるひとりは母親という女性だ。そして、外の世界でさまざまな衝突に疲れ果て、帰ってきてときには暴力を振るうもうひとりは父親という男性だ。いったい、女性とは、そして男性とは何なのか。 

そしてもうひとつ。成長していく過程で、彼女は「どうやら自分は、恋愛という意味で、男性ではなく女性が好きらしい」ということに気付く。そのことにはあとから「レズビアン」という名前がつく。でも意外にというべきか、彼女はそれについて疎外感のようなものはあまり感じなかったのだという。学校では女の子同士の仲がすごくよくて、じゃれあったりするのも普通のことだった。恋愛感情にはその延長みたいな部分もある、というニュアンスだ。 

image

わたしは李麦子

李麦子は、あまりにも率直に語ってくれる。語りながら、目に落ちてくる前髪を鬱陶しがって、髪留めで留める。その様子はごく普通に、可愛らしい。そんなふうにしていると、「家庭内で暴力を目の当たりにし、思春期には自分がレズビアンであることに悩んだ少女は、やがて女性の権利を訴える活動家になった」といったわかりやすい物語に彼女を押し込めて語ることは間違いなのだろう、という気がしてくる。たとえそれが部分的に、あるいはほとんど正しいものであったとしてもだ。 

image

李麦子はフェミニストで、またレズビアンなのだけど、彼女にはそうした属性にとらわれる素振りが感じられない。「○○たるものかくあるべし」というあいまいで大きな力に動かされている感じがしないのだ。だから彼女の問題提起は、むやみに概念的ではなく、ある意味とても身体的だ。「トイレを我慢しなければならない女性の現状を変えよう」「家庭内暴力をなくそう」。人びとの体の苦しみから心の苦しみへ、自然に寄り添っていくようなスタンスだ。最近好きな映画だという『わたしはロランス(Laurence Anyways)』を観てみると、そのあたりの機微を少しだけ想像することができる。 

和気藹々と話をしているところで、事務所の電話が鳴る。「少し待ってね」と言って、彼女が電話に出る。表情はたちまちシリアスになる。ここに電話がかかってくるということは、その電話の向こう側、広い中国のどこかで、家庭内暴力に苦しんでいる女性が助けを求めているということを意味する。彼女たちはその相談を受け、精神的な、そして現実的な問題に対するアドバイスをするのだ。受話器を耳に当てる李麦子の真剣な眼差しは、殺風景なオフィスの虚空の向こうに、どこかの誰かの痛みを見つめている。 

image

ひとしきりの話を終えて受話器を置き、彼女が戻ってくる。おそらくは穏やかならざる話をした直後だろうに、「さっきの続き」のような穏やかな表情。人の苦しみを受け止める仕事をする者独特の切り替えかたかもしれない。そうする必要があるのだ。「あなたも私も守る」ためには。 

「なにか趣味はあるか」と、あえてありきたりな質問をしてみる。すると彼女は、最近練習しているウクレレの話をしてくれる。ギターよりは簡単そうに見えるけれど、これがなかなか難しい。せっかくだから外に出て弾き語りの様子を撮影しよう、と持ち掛けると、かなり乗り気で応じてくれる。そのあたりのノリはとても良いのだ。マンションの前、路上のステージで、少したどたどしくウクレレを弾き、真剣な表情で彼女は歌う。歌い終えたあとの、少しはにかんだような笑顔が忘れられない。 

image

わけのわからない理由で彼女が拘束されたことを知ったのは、帰国してしばらく経ってからのことだった。ニュースを追ってみると、その後彼女は釈放されたようだ。取り調べの中で(いったい取り調べるべき何があったのだろう)、彼女も仲間も、ずいぶん酷い目に遭わされたようだ。でもともかく、いちおう、自由の身になることができた。彼女は囚われの期間中、弁護士になることを決意したのだという。今はそのための勉強中だ。彼女は間違えない。戦いのための戦いではない。それは傷ついた人を守るための戦いなのだ。 

image

退屈ロケット

People and Living 世界の人とふつうのくらしをつなぐ旅
Mail magazine Facebook